防災用品のこと、お気軽にご相談ください!

問い合わせ

SEARCH

防災の起源

ttl
編集者

編集者 / Be-kanネットショップ

当社は株式会社河本総合防災のグループ会社として、主にWeb事業による災害対策ヘの商品企画、製造販売を行なっております。
社会の安全、防災、減災への取り組みに向けた様々な商品、サービスをご提案いたします。

防災の起源は、どのレベルの話(言葉の由来、制度の始まり、思想の根本)かによっていくつか重要なターニングポイントがあります。
現代の私たちがイメージする「システムとしての防災」は1961年の法律が直接の起源ですが、歴史を遡ると「神頼み」から「経験則」、そして「科学」へと進化してきた変遷があります。

言葉と制度 現代防災のスタート

現代防災のスタート

「防災」という言葉の普及

広辞苑に「防災」という言葉が掲載されたのは1969年(昭和44年)の第2版からです。
1955年の初版には載っていませんでした。

言葉が一般化したきっかけは、1959年(昭和34年)の「伊勢湾台風」です。
死者・行方不明者5,000人超という甚大な被害を受け、国は「事後対応だけではダメだ」と痛感しました。

法律としての起源

伊勢湾台風を教訓に、1961年(昭和36年)に「災害対策基本法」が制定されました。
これが日本の防災の憲法とも言える法律で、ここで初めて「防災」という概念が法的に定義され、国を挙げたシステムが動き出しました。

9月1日の「防災の日」も、1960年にこの流れの中で制定されました(日付は1923年の関東大震災に由来)。

日本における災害との向き合い方

歴史的変遷 日本における災害との向き合い方

1. 古代〜中世:祈祷と宗教

火山灰は非常に細かい粒子で、建物の隙間からも侵入します。
また、水分を含むと固まる性質があり、排水管を詰まらせる原因になります。
健康面では、マスクやゴーグルで保護しないと深刻な影響を及ぼす可能性があります。

2. 江戸時代:実用的な対策の芽生え

この時代になると、宗教だけでなく実質的なインフラ整備が始まります。
「火事と喧嘩は江戸の華」と言われたように、組織的な消防活動(町火消)が整備されました。
安政南海地震(1854年)の際、濱口梧陵が稲わらに火をつけて津波の危険を知らせ、村人を高台へ避難させた「稲むらの火」の逸話は、現在の「世界津波の日(11月5日)」の起源にもなっています。

3. 明治・大正:科学と都市計画

1923年の関東大震災は近代日本における最大の転換点です。木造密集地での火災旋風などの被害を受け、耐震基準(市街地建築物法)や都市計画の重要性が強く認識されるようになりました。

世界的な起源

ロンドン大火(1666年)

ロンドンの街の大半を焼き尽くしたこの火災をきっかけに、「燃えにくいレンガ造りの義務化」「道路の拡張」「火災保険の誕生」「組織的な消防隊の設立」などが進みました。
これが、現代の都市防災のルーツの一つとされています。

防災の進化の歴史

思想の起源

古代の怨霊鎮め(御霊会)

実務の起源

江戸時代の火消しや堤防整備

近代システム

1923年関東大震災後の都市計画

現代の確立

1959年伊勢湾台風と1961年災害対策基本法

このように、大きな犠牲が出るたびに「祈り」→「実務」→「法整備」と段階を経て、現在の形へと進化してきました。

注目エピソード 戦国時代:祭りは「防災訓練」だった?

戦国時代:祭りは「防災訓練」だった?

信玄堤の秘密

戦国最強の武将、武田信玄は「治水(水害対策)」の名手でもありました。
彼の防災は、心理学とエンターテインメントを巧みに利用したものでした。

人の足で堤防を固める工夫

信玄は、毎年洪水が起きやすい時期に、堤防の上で盛大な「お祭り」を開催させました。
見物客が大勢集まり、地面を踏み固めることで、重機がない時代に人力で堤防を強化させたのです。

「聖牛(ひじりうし)」という発明

川の水の勢いを弱めるために置かれた木組みの構造物。現代のテトラポッドの先駆けです。
「牛」という名前をつけることで、神聖な生き物として大切に扱わせ、流木として盗まれるのを防いだとも言われています。

「防災訓練」というと今は堅苦しいイメージですが、かつては「お祭り」そのものが最強のインフラ整備だったのです。

江戸時代 「防災」=「破壊」だった?

「防災」=「破壊」だった?

破壊消防

今でも「破壊消火」の概念は残っていますが、元々江戸の家は木と紙でできているため、一度火がつくと水では消せません。
彼らの仕事は、火を消すことではなく、「風下の家を叩き壊して更地にし、燃え移るのを防ぐこと」でした。

命がけのファッション

火消したちが着ていた厚手の刺し子半纏(はんてん)。
あれは、水をたっぷり含ませて、火の粉から身を守るための「防火服」でした。
重さは水を吸うと30kg近くになったと言われます。

かつての防災は「守る」ことではなく、「犠牲(家)を払って全体を救う」という究極の損切りだったという事実は、現代の都市計画にも通じるテーマかもしれません。

明治時代 地震学は「日本在住の外国人」が作った

地震学は「日本在住の外国人」が作った

日本は世界有数の地震大国ですが、それを「科学」にしたのは、明治時代に来日したイギリス人教師たちでした。

ジョン・ミルンとお雇い外国人

1880年、横浜地震をきっかけに、世界初の地震学会である「日本地震学会」が設立されました。

濃尾地震(1891年)の衝撃

内陸最大の地震と言われるこの地震で、「根尾谷断層」という巨大な地面のズレが出現しました。
これを見るまで、世界の学者は「断層が地震を起こす」という事実を知りませんでした。
世界有数の地震大国日本というフィールドが、世界の地震学をレベルアップさせたのです。

「災害大国」というハンデがあったからこそ、日本は「世界最先端の災害研究ラボ」になり得たという、ピンチをチャンスに変えた歴史があります。

昭和 「お上の慈悲」から「国民の権利」へ

「お上の慈悲」から「国民の権利」へ

それまでの常識:「恩恵的救助」

戦前までは、災害復旧は国や天皇からの「恩恵(かわいそうだから助けてあげる)」というスタンスでした。
被災者には「助けてもらう」という受け身の姿勢が強かったのです。

1959年 伊勢湾台風

死者・行方不明者5,000人超という甚大な被害が、日本人の災害観を劇的に変える転換点となりました。

法律施行後の常識:「行政の責任」

災害対策基本法によって、「国や自治体には、国民の命を守る義務がある」と明記されました。
これにより、防災は「慈悲」ではなく「システム」として予算が組まれ、計画的に行われるようになったのです。

私たちが当たり前に避難所や支援物資を求めることができるのは、「災害対策は行政の義務」というルールを勝ち取った、昭和の改革があったからです。

生存から生活へ

生存から生活へ

防災グッズと歴史から読み解く進化論

  • 軍隊の食が・・・
  • 我慢の備蓄になり・・・
  • 日常の延長としての品質へと変化・・・

乾パンはなぜ「氷砂糖」入りなのか?

乾パンはなぜ「氷砂糖」入りなのか?

乾パンのルーツは「兵糧」

「非常食といえば乾パン」というイメージは、明治時代の軍隊から始まりました。
西洋の軍隊が食べていた「ハードタック(堅パン)」を、明治時代に日本軍が導入しました。
「腐らないパン」は、戦場における革命的な発明でした。
なぜ氷砂糖が入っているのか?
初期の乾パンはあまりに硬く、パサパサで唾液が出ずに飲み込めない兵士が続出しました。
そこで、「糖分で唾液の分泌を促す」かつ「即効性のエネルギー源にする」ために、金平糖(現在の缶入りは氷砂糖)が同梱されるようになったのです。
あれは単なるオヤツではなく、機能的な「唾液促進剤」だったのです。

「マズい」から「ウマい」への転換点

かつて非常食は「お腹が膨れればいい(味は二の次)」ものでした。しかし、過去の震災経験がそれを変えました。

ストレスと食事

避難所生活では、冷たくて味気ない食事(乾パンのみなど)が続くと、精神的なストレスや栄養失調を招くことが分かりました。

アルファ米の進化

元々は軍隊や登山用だった「お湯で戻るご飯」の技術が向上し、今では牛丼やカレーなど「普段と変わらない食事」が可能になりました。

ローリングストック

現代は、防災グッズを備ると同時に、「日常の食品を多めに買って、食べながら回す」スタイルへ。防災のハードルが劇的に下がりました。

歴史的災害 日本の防災システムを変えた3つの震災

日本の防災システムを変えた3つの震災

1923年 関東大震災

教訓:地震直後、「井戸に毒が入れられた」などの流言飛語(デマ)が拡散し、多くの悲劇を生みました。
進化:「正しい情報を一斉に伝える手段が必要だ」という痛感から、震災の翌々年(1925年)、ラジオ放送が始まりました。日本の放送網は、実は防災のために加速したのです。

1995年 阪神・淡路大震災

教訓:高速道路や役所自体が被災し、行政(公助)がすぐには機能しませんでした。助かった人の約8割は、家族や近所の人(自助・共助)に助け出されたといいます。
進化:「行政だけには頼れない」という意識が定着し、日本のボランティア活動が本格化。「防災士」のような民間資格や、地域コミュニティでの備えが重視されるきっかけとなりました。

2011年 東日本大震災

教訓:過去のハザードマップや想定を遥かに超える津波が襲来しました。「ここなら安全」という固定観念が命取りになりました。
進化:「津波てんでんこ(各自でてんでばらばらに高台へ逃げろ)」という古来の教えが再評価されました。「誰かを待たずにまず逃げる」という、個人の判断力が最重要視されるようになりました。また、電話が繋がらない中でTwitter(現X)やLINEが安否確認に役立ち、IT防災が標準化しました。

昔の防災 vs 今の防災

一目でわかるように、昔(昭和初期〜中期)と現代(令和)の常識を比較します。

項目 昔の常識(昭和) 今の常識(令和)
情報の入手 半鐘、サイレン、ラジオ スマホ(緊急地震速報)、SNS、防災アプリ
避難の合図 警報が出たら逃げる 警戒レベルが出る前に逃げる(マイ・タイムライン)
頭を守る 防災頭巾(火の粉除けが主目的) ヘルメット(落下物対策)、折りたたみヘルメット
非常食 乾パン、缶詰(生き延びるため) アルファ米、レトルト、お菓子(心を落ち着けるため)
トイレ 穴を掘る、我慢する マンホールトイレ、凝固剤入り携帯トイレ
連絡手段 災害用伝言ダイヤル(171) 171 + LINE、Web伝言板(災害用伝言板web171)
マインド 行政がなんとかしてくれる(受動的) 自分の命は自分で守る(能動的)

未来の防災はどうなる?

かつての防災は「死なないための我慢」でした。
しかし、技術と歴史の教訓を経た現代の防災は「災害時でも、いかに人間らしい生活を維持するか(QOLの維持)」へとシフトしています。

未来の防災はどうなる?

防災の歴史は、そのまま「日本人が災害とどう向き合い、どう逞しくなってきたか」の歴史そのものなのです。

「あなたの家の非常食、賞味期限は切れていませんか?」歴史に学び、もしもに備える。教育の観点からも重要なことですね。

備えよう

カテゴリから探す

2026年2月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28

2026年3月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

※赤色の日は休業日のため、ご注文は可能ですが、発送作業は翌営業日以降の対応となります。

お買い物の流れ

step1

商品をカートに

購入したい商品をカートに入れます。

step2

カート画面へ進む

カート画面で商品と金額を確認します。

step3

お客様情報の入力

ご住所・連絡先・決済方法等を入力します。

step4

注文内容の確認

ご注文内容を確認し、注文確定します。

step5

商品の発送

ご注文の商品を発送します。
商品到着をお待ち下さい。